top of page
検索

023 役に立つ生き方でいきいきする

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年11月25日
  • 読了時間: 1分

 役に立つ生き方をすると、充実感が生まれてきます。そこで初めて、生きることに意義が生まれてくるのです。そうでないと、生きることは無意味です。赤ちゃんを抱えている若いお母さんたちはものすごく元気でしょう。何にも負けませんし、めげません。なぜかというと、若いお母さんは生きることに意味を見つけているからです。「自分が生きていないと子供が大変だ」というわけです。それで、子供が独立したとたん、やることがなくなって、ガクンと落ち込んだりもします。こういう例を見ても、自分の生き方がいろいろな人の役に立っているということがすごく大事なのです。九十歳になっても役に立つ生き方はできます。そうすれば、鬱になったりもしません。『一分で読むブッダの教え』第1章 あなたの毎日を、喜びと幸せで満たす 《喜びを感じて生きる》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【迷いと確信 大乗仏教からテーラワーダ仏教へ 山折哲雄氏との共著 (2007年) p156】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page