top of page
検索

161 慈しみは魔法の鍵

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年4月9日
  • 読了時間: 1分

 「生きとし生けるものが幸せでありますように」これを念じるのです。忘れないように、呪文のように繰り返し繰り返し、唱えます。声に出してもいいですし、心の中で繰り返してもいいです。「呪文のように」と言いましたが、この言葉は実際は呪文ではなく、これを繰り返し念じていくと、理論的に効果があります。原始の獣の脳がちょっと変わるのです。「私だけではなくて、すべての生命も生きたがっているのだ」という気持ちに、心が変わるのです。そうすると敵・味方が消えます。そういうわけで、これが仏教のアドバイスです。朝晩、「生きとし生けるものが幸せでありますように」と念じる。計画はすべてゴミ箱に入れる。台本をぜんぶ捨てる。捨ててそのまま気楽に生きてみる。好かれようが好かれまいがどうでもいいのです。人間関係には一切問題は起きません。 『一分で読むブッダの教え』第3章 人生の悩みは、仏教で解決する《人間関係》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【仏教で生きる! 仏教対談 「悩まない生き方」 板橋興宗氏、金光寿郎氏 との共著(2013年) p95】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page