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196 緊張感があると活発に生きられる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年5月22日
  • 読了時間: 1分

 若者は定職がなくても問題なく、楽しく生活していけると安心してしまうのはとても危険です。社会が刻々変わるだけではありません。自分の人生も日々歳をとって変わっていくのです。ですから、歳によって自分の人生そのものも変えていかなくてはいけないのです。歳をとったら契約社員で気楽に一日の収入だけを得る道が消えてしまうのです。三七~三八歳になると、もう誰も雇わなくなってしまいます。ですから、四〇歳くらいになってくると、仕事がなくなってしまうのです。なんとなく生きることは、とても危険です。毎日食べ物を確保するために野生の動物たちとたたかっていた原始時代の状況から今解放されていると思ってはなりません。社会が変わる。人が 歳をとっていく。この二つの変化の流れに、現代人も必死でたたかわなくてはならないのです。その能力があるならば「適者」なのです。人生に対しては、緊張感があったほうがいいのではないかと思います。緊張感があると、活発に生きられるのです。『一分で読むブッダの教え』第3章 人生の悩みは、仏教で解決する《成功と失敗》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【仏教と脳科学うつ病治療セロトニンから呼吸法・坐禅、想・まで 有田秀穂氏との共著 (2010年) p157】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

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