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269 病人に対する心構え

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年9月23日
  • 読了時間: 1分

 仏教では、「病人を看病することは、お釈迦様のお世話をすることとまったく同じ価値の行為である」と言っています。「健康な人は病気の人々に対して、仏様や神様に接するように、親切で丁寧な態度で接しなさい」ということです。もし仏様や神様が我々の前に現れて、「これこれのことをしなさい」と言ったら、我々は「はい、はい」と言って、何も文句を言わずに言われた通りにするでしょう。そのような感じで病気の人々に接してほしいのです。周囲が親しく、尊敬した態度で病人に接すると、周りの雰囲気が変わっていき、病人の心も和らぎます。病気というのは大変な悩みですから、何とかして助けてあげなくてはなりません。宗教であろうが、治療法であろうが、周りの思いやりであろうが、とにかく何とかして病人の苦しみを和らげるようにしてあげなくてはならないのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第5章 老病死に向き合い、人生を豊かにする《老いの生き方》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【まさか「老病死に勝つ方法」があったとはブッダが説く心と健康の因果法則 (2008年) (改題 「老病死に勝つブッダの智慧 心と健康の因果法則」2017年 p142)

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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