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271 心を身体から離せば身体は回復する

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年9月25日
  • 読了時間: 2分

 病気というのは、汚れた心が身体をいじめていることなんですね。だから、肉体を植物だと思っちゃえばいいんです。植物にたくさん水をあげたからといって死ぬわけじゃないし、だからといって、栄養をたっぷりあげちゃうと死んでしまいます。心は鬼だから、手当てするやり方がわからないんです。栄養をあげ過ぎだとか、肥料をやり過ぎだとか、そういう手当ての仕方がわからないんです。治す方法は、薬を飲んだりする治療じゃないんです。「心を身体から離す」んです。分離するんです。無執着の方々には簡単にできますが、分離したらすぐ、二日、三日で肉体は元の健康状態に戻るんです。「歩く瞑想」は修行だから、身体は関係なくなっちゃうんです。関係なくなって、感覚を感じながら歩く。感覚を感じるということは、足はただついてくるだけで、「心を感じる」ことなんです。そうなってくると、けっこう病気が治ります。心が肉体から離れることは、たまに起きるんです。身体を気にしないで、「心が歩いている」というふうになっちゃうんですね。そのあいだに、身体が回復するんです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第5章 老病死に向き合い、人生を豊かにする《病気》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【迷いと確信 大乗仏教からテーラワーダ仏教へ 山折哲雄氏との共著 (2007年) p270】

 
 
 

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