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276 死ぬまで幸福な人生を

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年9月30日
  • 読了時間: 1分

 身体の病気の場合は、今までの生き方が悪いのです。ガンもそうですが、いろいろな病気は、生き方と精神の問題から出てくることです。ですから、「病気は当たり前」だと思って、「まぁ、どうってことはない、自然の流れだ」と落ち着いていましょう。ガンにかかって、かかってから五年で死ぬなら、「まあ自然のながれでよいのじゃないのかな」ということです。死ぬまで一年だとしても、「まあよいでしょう、苦痛は短時間で、一年だけですみますから」ということです。そのように気楽でいれば、大変な心の安らぎが死ぬまで残るでしょう? 死ぬまで幸福な人生でいられますね。そして、安らかな心で死ぬ人は、次の生まれは安らかなところに生まれます。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第5章 老病死に向き合い、人生を豊かにする《病気》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【結局は自分のことを何もしらない 役立つ初期仏教法話6 (サンガ新書2008年) p174】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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