top of page
検索

301 死随念で慈しみと理性が現れる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年10月25日
  • 読了時間: 1分

 葬式を行なったとしましょう。遺体を見て、「この人は亡くなって死体になっている。私も確実にこのようになる。私にも死が訪れる」と念じます。このように他人の死を観て、自分の死に入れ替えてみることが死随念です。徐々に、自分の死も現実的に感じられるようになります。「私は死なないのだ」というあり得ない前提が消えて、「誰でも死ぬのだ」という前提になります。人生設計が変わります。幸福になりたいという目的は変わりません。事実を前提にした計画なので、期待通りの結果になります。ものがあっても、ものに執着しない。家族や親しい人々がいても、人々に執着して悩んだりはしない。自我を張って他人に迷惑をかけることがなくなります。欲・怒り嫉妬などの感情がなくなります。それらと交替して、慈しみと理性が心に現れます。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第5章 老病死に向き合い、人生を豊かにする《死》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【ブッダの実践心理学 第七巻 p89】

 
 
 

最新記事

すべて表示
六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa  火事の喩えの続きです。燃えている寝室から脱出したくなるでしょう。しかし、その気持ちになっただけで、脱出成功とは言えません。まだ脱出を実行してもいません。脱出を実行する前に、やらなくてはいけないことがあるのです。それは火事になっている寝室を観察することです。正しく観察しないで脱出を実行すると、死んでしまうかもしれません。窓から逃げれば

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa  自分がいる状況は確実に危険であると分かれば、そこから脱出したくなります。自分の寝ている部屋が火事になってごうごうと炎が上がっていると発見したら、心は瞬時に脱出したいと思います。「きれいな部屋だったのに」「気に入っていたのに」「模様替えしたばかりだったのに」云々とは考えません。この喩えのように、修行者は一切の現象から脱出するべ

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa  一切の現象は怖畏のみをつかさどるのが本性であるならば、現象に対する未練を捨ててしまうのが理性的です。おいしそうに見える食べ物がある。食べたいという気持ちもある。その食べ物を徹底的に調べてみたところ、少量服用しただけでも死に至る猛毒で汚染されていると発見する。その発見と同時に、その食べ物に対して今まで持っていた未練は跡形もなく消えるのです。

 
 
 

コメント


bottom of page