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019 生命とのふれあいは喜び

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年11月19日
  • 読了時間: 2分

 人間は、いろいろな生命とふれあうと、限りない幸福を感じられます。昆虫たちを見て、蝶々たちを見て、「ああ、みんな幸せに生きてるなあ!」などと、大きな喜びを感じるのです。私は、自然豊かなところに行ったときには、流れている水の中を必ず見ます。魚とかザリガニなどがいますからね。なぜ見たいかというと、「水がきれいで、えさがあってよかったなあ!」と、私が喜びを感じるからです。この喜びを得るためにお金はかかりません。お釈迦様は、そういうふうに幸せに生きる方法を教えたのです。「神を拝みなさい」とか、「祈りなさい」とか、そういう話は一度たりともおっしゃっていません。我々が何をやっているかといえば、心の汚れを落とすための修行だけ。いわゆる宗教ではないのです。我々人間には怒り、嫉妬、憎しみ、欲があって、それが現実です。自我があるし、傲慢になってしまうし、それが現実です。それをなくして、穏やかな心で、空気と同じく一切の生命と融けていたいのです。その究極のやすらぎを経験したいのです。だからいろいろな実践はします。お釈迦様の教えは、そういうものです。それは宗教ではありません。精密な科学です。『一分で読むブッダの教え』第1章 あなたの毎日を、喜びと幸せで満たす 《喜びを感じて生きる》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【日本の未来アイデアがあればグローバル化だって怖くない! (サンガ 新書 2014年) p120】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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