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025 楽しく集中力を身につける

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年11月25日
  • 読了時間: 1分

 堕落することなく「楽しく」やっていくために、いろいろな工夫を考えてみましょう。たとえば本を読むにも、「楽しく」なるように工夫すればよいのです。まずは、楽しい本を探して読むのではなくて、自分が向上するような、知識を得るのに必要な本を探して読むことにします。しかし、自分のためになる本は楽しくはないのです。そこで、楽しくなるようにわざと仕向けます。勉強の本を読むときに、わざと楽しくするのです。「今、楽しく数学の本を読んでいるのだ」 「楽しく問題を解いているのだ」 「フランス語に挑戦していて、楽しくてたまらないの だ」などと思えるようにします。ですが実際は、いざフランス語を勉強しようと思っても、最初に動詞の変化を覚えなくてはならなかったり、やることがたくさんあって、ちょっと先を考えただけで嫌になってしまいます。それを何とか工夫して「楽しい!楽しい!」となるようにすればよいのです。楽しくなる方法を自分で発見していきます。『一分で読むブッダの教え』第1章 あなたの毎日を、喜びと幸せで満たす 《喜びを感じて生きる》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【ブッダの集中力 役立つ初期仏教法話9」 (サンガ新書2008年) p151】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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