top of page
検索

030 「そのうち」は永遠にこない

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年11月30日
  • 読了時間: 2分

 道徳・正しい生き方について、皆、ほとんど考えずに生活しているという証拠があります。考えてみてください。たとえば、なにか信仰のある人が、「道徳を守ろう」「嘘をつか ない人間になろう」と真剣に訴えかけたとしたら、皆さんはどうするでしょう? 「では、そのうちやります」と思うのではありませんか。今すぐそれをやろうとする人は、ほとんどいないと思います。その理由は、「道徳を守ることはよいことかもしれないけど、それほど必要に迫られていないし、まぁ、すぐにやらなくてもいいか」という気持ちになるからだと思います。「今はやりたいことをぜんぶやって、それが終わったらそのうちやります」と考えるのです。しかし、「そのうち」という時間は、永遠にやってきません。本当に大切だと心からわかっているなら、皆、今すぐに行動するはずです。そうでしょう? それをやらないと本当に困ってしまうことであれば、どんなことを差し置いてもやるはずです。つまり、道徳のある生き方や正しい生き方をすぐに実践しないということは、それを必要としていない証拠です。『一分で読むブッダの教え』第1章 あなたの毎日を、喜びと幸せで満たす 《よく生きるためのコツ》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【あべこべ感覚 役立つ初期仏教法話7」(サンガ新 022, 2008年) p24】

 
 
 

最新記事

すべて表示
観察の汚れ:⑥ 確信adhimokkha

観察の汚れ:⑥ 確信adhimokkha  心・心所の説明でadhimokkha 勝結という心所に出会いました。何かを認識するときというのは、心がその対象から離れないで対象にくっついている状態です。この状態でなければ認識することができません。  優れた修行者が経験するadhimokkha という障碍は、心所のadhimokkha とは違います。『清浄道論』では、adhimokkha とはsaddh

 
 
 
観察の汚れ:⑤ 楽sukha

観察の汚れ:⑤ 楽sukha  楽の説明は三番目のpīti 喜と同じです。ここでは言葉の違いだけ理解しておきましょう。喜とは激しい波です。楽とはとても落ち着いた波です。楽の場合は、安楽という言葉があるでしょう。楽があって、その上、徹底した安心感もあるのです。普通の日本語でも、「これは楽しい」という場合と「これは楽」という場合には違いがあります。その違いは何かということは言葉で説明しにくいです。蜂蜜

 
 
 
観察の汚れ:④ 軽安passaddhi

観察の汚れ:④ 軽安passaddhi  軽安とは、軽いという意味です。落ち着いた、というニュアンスも入っています。真夏に人が道を歩いたとしましょう。暑いし、歩いて身体も疲れているのです。それから、クーラーがついている家に入ります。ソファに座ります。今までの苦しみが消えていきます。落ち着くのです。  ヴィパッサナー修行は重労働です。集中力を保つことも大変です。身体で痛みを感じます。修行がうまく進ま

 
 
 

コメント


bottom of page