top of page
検索

041 無常に納得すると明るく生きられる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年12月11日
  • 読了時間: 1分

 「明日はこうなってほしい」と欲することは、無常に逆らうこと、無常を侮辱することなので、失敗するのは当たり前ですし、「うまくいった」と思っても、それはたまたまです。「明日はどうなるかなあ」という気持ちでいると、常に未知の世界を探検しているような気分になるので、面白さが増します。無常に納得がいくと、とても楽しいのです。ワクワクします。「明日、あの子が遊びに来てくれないかなあ」と希望するのではなく、「明日はどうなるかなあ」と思いましょう。『一分で読むブッダの教え』第1章 あなたの毎日を、喜びと幸せで満たす 《よく生きるためのコツ》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【無常の見方 「聖なる真理」と「私」の幸福 (お釈迦さまが教えたこと 1, 2006年) p125】

 
 
 

最新記事

すべて表示
観察の汚れ:⑥ 確信adhimokkha

観察の汚れ:⑥ 確信adhimokkha  心・心所の説明でadhimokkha 勝結という心所に出会いました。何かを認識するときというのは、心がその対象から離れないで対象にくっついている状態です。この状態でなければ認識することができません。  優れた修行者が経験するadhimokkha という障碍は、心所のadhimokkha とは違います。『清浄道論』では、adhimokkha とはsaddh

 
 
 
観察の汚れ:⑤ 楽sukha

観察の汚れ:⑤ 楽sukha  楽の説明は三番目のpīti 喜と同じです。ここでは言葉の違いだけ理解しておきましょう。喜とは激しい波です。楽とはとても落ち着いた波です。楽の場合は、安楽という言葉があるでしょう。楽があって、その上、徹底した安心感もあるのです。普通の日本語でも、「これは楽しい」という場合と「これは楽」という場合には違いがあります。その違いは何かということは言葉で説明しにくいです。蜂蜜

 
 
 
観察の汚れ:④ 軽安passaddhi

観察の汚れ:④ 軽安passaddhi  軽安とは、軽いという意味です。落ち着いた、というニュアンスも入っています。真夏に人が道を歩いたとしましょう。暑いし、歩いて身体も疲れているのです。それから、クーラーがついている家に入ります。ソファに座ります。今までの苦しみが消えていきます。落ち着くのです。  ヴィパッサナー修行は重労働です。集中力を保つことも大変です。身体で痛みを感じます。修行がうまく進ま

 
 
 

コメント


bottom of page