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046 面白がって生きる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年12月16日
  • 読了時間: 1分

 面白がる気持ちで、明るくやってさえいればいいのです。たとえば私は長い衣を着ていますから、雨が降ると濡れないように歩くのがすごく難しい。だから、雨の日には出かけるのが嫌です。それでもどうして出かける気持ちになるのかというと、一万円ぐらいの傘を買ったからなのです。それだけで楽しくなるのです。そして事務所に着いたら、「今日は高い傘をさしてきたんですよ」と、みんなに自慢します(笑)。これは冗談ですが、雨が降ったからといって「雨が降って困ったなあ」という気持ちはありません。せっかく高いお金で買った傘をさせるのですからね。電車に乗り遅れたとしたら、私は、「あの電車に乗っていたら、次の電車に乗れなかったでしょう。ああ、得をした」と思います。次の電車まで十五分もあるから、あわてずのんびりしようと。私はそういう生き方なのです。『一分で読むブッダの教え』第1章 あなたの毎日を、喜びと幸せで満たす 《よく生きるためのコツ》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【いまここに生きる智慧―シスターが長老に聞きたかったこと 鈴木秀子 氏との共著(2007年) p40】

 
 
 

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