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050 「依存している」という事実と義務

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年12月21日
  • 読了時間: 1分

 人間は依存なしに生きることはできません。しかし、人々は「いや、私は依存していない。自分一人の力で生きている」と主張し、依存している事実を無視しようとします。これが間違いなのです。自立・独立を謳う前に、まずは現実を把握してください。我々の肉体は死ぬまで、徹底的に依存して生きている寄生態です。すべての生命から自分を切り離し、一人きりで生きるということはできません。だからこそ、本当は「正しい依存の仕方」を学ばなければいけない のです。つまり、依存している母体を正しく守るために、一方的な依存ではなく、相互依存を目指す必要があります。 たとえば、呼吸をして生きている人間は、空気を持つ地球に生かされています。言い換えれば、人は地球の空気に依存しているのです。その代わりに、人はこの大気圏を守る義務を負っています。我々は空気を汚さず、きれいにする努力をしなくてはいけません。これが相互依存の関係です。『一分で読むブッダの教え』第1章 あなたの毎日を、喜びと幸せで満たす 《よく生きるためのコツ》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【自立への道 ブッダはひとりだちを応援します (お釈迦さまが教えたこ 6,2008年) p43】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

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