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051 観察の成果

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年12月21日
  • 読了時間: 1分

「ヴィパッサナー瞑想」で自分の一瞬一瞬を注意深く観察すると、なぜ自分が失敗するのかがわかってきます。生きることで生まれてくる悩み、苦しみ、トラブルがすべて消えていきます。安定した心の安らぎが生まれてきます。世間の変動に合わせて動揺することがなくなるのです。人間の心は、まわりに依存して生きています。花が咲くと、花に依存してきれいだと思います。台風がくると、嫌だなと思います。地震が起こると、すぐ悲しくなってしまいます。まわりの環境に振り回されて、くたくたになってしまう心をもっています。自分一人では幸せになれません。でも、世界をよいように動かすことはできません。それが、瞑想をすれば、動揺や不安がなく、落ち着いていられるようになります。すごい結果なのです。心が自立するのです。『一分で読むブッダの教え』第1章 あなたの毎日を、喜びと幸せで満たす 《よく生きるためのコツ》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【現代人のための瞑想法 役立つ初期仏教法話4」 (サンガ新書13 2007年) p137】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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