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097 妄想でなく現実に生きれば幸せになりやすい

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年2月5日
  • 読了時間: 1分

 私たちは、ずっと妄想して妄想して、妄想の世界で生きています。つまり、欲の世界で生きているのです。ああしたい、こうしたい、ああだったらいいなあ、これが欲しいなあ、こんないいことがあるといいなあ・・・・・・それは限りなく続けることができます。しかし、現実とは折り合いません。ですから、「どうして現実はそうじゃないんだ!」という怒りにもなり、また「こうだったらいいのに!」「こうなりたい!」という悪循環に陥っているのです。もし、欲という妄想を理性で抑えることができたなら、妄想の世界ではなく、現実の世界に生きられることになります。欲という妄想を抑えれば抑えるほど、我々はすごく具体的に、現実的に生きる人間になるのです。具体的で現実的な希望は叶いますから、幸せになりやすい人間になれるのです。『一分で読むブッダの教え』第2章 心の正体を知れば、人は成長することができる 《感情と理性》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【欲ばらないこと 役立つ初期仏教法話13 (サンガ新書018,2011年) p145】

 
 
 

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