top of page
検索

104 思考を入れ替える訓練をしよう

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年1月19日
  • 読了時間: 1分

 人生の良し悪しは、その人が何を考えているかで決まります。思考が清らかであれば幸福な人間になりますし、思考が汚れたら不幸に陥ります。しかし思考は、あまりにも勝手でワンパターンです。怒りや欲の思考が悪いとわかっていてもやめられません。落ち込みの思考が悪いとわかっていても、なくすことができません。思考は自分自身で存続するエネルギーを持っているのです。少々精進しないと、思考の存続するエネルギーには勝てません。思考を入れ替える訓練をしましょう。自分自身の良い思考で、悪い思考を意図的に入れ替えることです。汚れた思考が自分を支配しようとするとき、何かの良い思考に置き換えてみるのです。少々訓練しただけでも、幸福を味わえます。自分が自由な人間であると確認することができます。汚れた思考を清らかな思考で置き換えられる人が、幸福な人間なのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第2章 仏教の教えを理解する《心の正体》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【今日を充実した一日にするための日めくりブッダの教え12 (2016年)】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page