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111 強い心で生きる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年2月19日
  • 読了時間: 1分

 生きていれば当然、歳もとるし病気にもなります。いつかは死ななければなりません。それまでのあいだに幸せになるためにはどう生きればいいかというと、心を管理して悪循環を断ち切ることです。不幸な出来事に出合っても落ち込まないこと、幸福な出来事に出合っても舞い上がらないことです。そうはいいますが、我々人間にはそう簡単に、心の自己管理はできません。叱られたりすると、すぐに嫌な気分になって、暗くなります。逆にほめられたりすると、明るく楽しくなって、舞い上がってしまいます。そうなると、他人に支配されたりだまされたりします。心は、情報が入り次第変化します。外の世界から入る情報にあっという間に左右され、自己管理することができません。このようなことをまとめて「心が弱い」といいます。「心を育てる」とは、心がいろいろな情報に左右されないように鍛えることです。強い心を持てば、「不幸な出来事」に出合っても心乱されることなく、安らかな、幸せな気持ちを保つことができます。『一分で読むブッダの教え』第2章 心の正体を知れば、人は成長することができる 《心を育てる》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【自分を変える気づきの瞑想法 (2004年) [増補改訂版] 2011年) p40】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

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