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122 自信がないからこそ頑張る

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年3月1日
  • 読了時間: 1分

 俗世間では「自信がない」と言う人を「自信を持ちなさい」「大丈夫だよ」と励ましますね。しかし、そんなカウンセリングをしても効果はありません。私も何人かに同じような相談をされたことがあります。こちらの答えは「だから、何? 」です。いかにも私には自信がありそうに見えるのでしょうか。そんなものはありません。結果がどうなるかなんて、わかりっこないのですから。ごちゃごちゃ考えていないで、目の前の仕事をするしかないのです。不安はずっとあるものですから、ほうっておくしかありません。先のことなんてわからないから、不安は消せません。自信なんかなくてよいのです。結果は、因果法則に基づいて現れるのです。すべきことは「自分の持ち分の仕事」です。結果は自分の管轄外なのです。心から不安をなくすということは不可能です。不安だから引きこもると言ったら、人類は引きこもりになってしまいます。だから自信がないからこそ頑張りなさい、挑戦しなさい、ということなのです。『一分で読むブッダの教え』第2章 心の正体を知れば、人は成長することができる 《心を育てる》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【平和の生滅 生存の矛盾を超えて お釈迦さまが教えたこと2, 2006年 p56】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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