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122 速くやろうとしない

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年2月6日
  • 読了時間: 1分

 速くやろうとして急ぐと、必ず失敗します。すると、そこをやり直すことになってしまう。結局、時間がかかるのです。「効率よくやろう」「速くやろう」が主眼になると、手を抜いてしまうものです。「速くやろう」とするのは、だいたいやりたくない仕事の場合です。やりたくないから、速く済まそうとする。すると仕事がザツになる、ザツになると失敗する。それでまたストレスがたまるのです。私たちは、家庭でも学校でも、社会からも、そのように洗脳されてきているのですね。 「速くやろう」としなくてもいいのです。まさに「急がばまわれ」です。やっていることと自分が一体になるのです。今の仕事、今の行為と自分が一つになる。すると、ちゃんとうまくできるのです。そして、もう一つ大切なことは、「早さ」よりも「いい結果を出す」ことにフォーカスするのです。そうすると、きれいに丁寧にやることになります。結果的に、速くなるのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《仕事》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版『一瞬で心を磨くブッダの教え』第2章 仏教の教えを理解する《仏教》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【スマナサーラ長老の仏教塾(2016年) p43】

 
 
 

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