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139 子供にも、丁寧で正しい言葉を学ばせる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年2月23日
  • 読了時間: 1分

 粗悪語とは、怒りの感情を表す言葉、他人の気持ちを傷つける言葉のことです。人と話す場合は、相手がいい気持ちになるように、喜びを感じられるように話さなくてはいけません。つまり、丁寧で正しい言葉を使うことです。親も、家の中で品のない言葉を使わないように気をつけましょう。親が品格のある正しい言葉を使っているならば、子供も自然にそのまねをします。この世の中で問題を起こさず、成功したいと思うならば、言葉遣いには徹底的に注意するべきです。言葉とは学ぶものなので、それほど難しくはありません。ただ、感情をそのまま表すために言葉を使ってはならないのです。子供は子供同士で乱暴な言葉を使うことがあります。互いに傷つける気持ちではなく、ふざけて楽しみたいのです。それでも親は「あなたの言葉は汚い」と言わなくてはいけません。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《コミュニケーション》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【ブッダの智慧に学んで子育てのプロになる親は子を育て、子は親を育てる」(2017年) p38】

 
 
 

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