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151 プライドを傷つけると永久に嫌われる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年3月7日
  • 読了時間: 1分

 誰かに少しでもプライドを傷つけられたら、その人は永久に相手のことを嫌います。でも、心というのは大バカ者ですから、人をバカにしたり相手の立場を壊したりということを、気づかないうちにやってしまうのです。自分で敵をつくっておいて「何も悪いことをしていないのに、なんで怒っているのか」などと間抜けなことを聞くのです。プライドを傷つけることほど、世の中で嫌われることはないのです。プライドさえ傷つけなければ、いくらけんかしてもすぐに仲直りできるはずです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《コミュニケーション》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【心は病気 役立つ初期仏教法話2 (サンガ新書2006年) P43】

 
 
 

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「因果法則」は存在そのものの研究成果

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広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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