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154 笑いで怒りを消す

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年3月10日
  • 読了時間: 1分

 他人にどう思われても構いませんから、よく笑うことにするのです。最初は無理にでも構わないので、笑ってみるのです。どんどん頭が笑うことに慣れていきます。自然に笑顔が出るようになります。それから脳が、「何でも面白い」というバイアスで物事を見るようになります。「私には特別な問題はありません。恵まれているのです。楽しく生きているのです」と脳に繰り返しインプットするのです。それで怒らなくなります。脳がそのデータを直に受け入れず、逆らうこともあり得るでしょう。脳が幸福に逆らってきたら、その項目を1つ1つ取り上げて、調べてみれば良いのです。結果は、「大したことではない。当然です」という答えになるはずです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《笑い》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【怒らない練習 p46】

 
 
 

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「因果法則」は存在そのものの研究成果

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とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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