top of page
検索

155 嫌なことが起こっても、笑えば得をする

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年5月21日
  • 読了時間: 1分

 私たちは周りで起こる出来事を「嫌」という感情で受け取るので、怒り漬けになるのです。今度はそのような出来事に笑ってみることにするのです。子どもが絨毯の上で醤油をこぼしたら、怒ります。犬がソファの革張りを破ったら、怒ります。このように、怒りたくなることが周りでたくさん起きます。「やってはいけない」という自我中心的な希望があるから、怒ってしまうのです。やってはいけないと自分勝手に決めても、出来事はそれなりの理由があって起こるのです。どうにもならないことです。怒ったら損をするだけです。同じことに笑うならば、得をするのです。怒りがあっても笑顔を見せるのです。怒りがあっても、相手に優しい言葉をかけるのです。心の感情が外にばれないようにするのです。一、二回やってみて成功したら、それは自信につながります。自分の怒りを早く発見して、感情を制御できる人間になれるのです。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《笑い》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【怒らない練習 p106】

 
 
 

最新記事

すべて表示
心が一つの本性のみを観察するようになる

心が一つの本性のみを観察するようになる  七番目の智見清浄のレベルに入ると、心が興味をいだいた一つの本性のみを観察するようになります。要するに修行者は、無常を観察するか、苦を観察するか、無我を観察するか、いずれかです。さまざまな現象を観察すると、そのぶん、心の集中力が薄くなります。一つの本性に定めたら、集中力が徹底的に強くなります。七番目の智見清浄のゴールは解脱に達することです。ですから、一切の現

 
 
 
無常・苦・無我と解脱の関係

無常・苦・無我と解脱の関係  解脱に達するためには、一切の現象が無常であり苦であり無我であると観察しなくてはいけません。集中力が上がったら、修行者は五番目の道非道智見清浄に入るところから意図的に無常・苦・無我を観察してきました。そのとき、現象は互いに異なる三つの本性を持っているように観えます。さらに修行すると、無常・苦・無我のうち一つの本性だけが心によく分かるようになります。心はその本性にあえて興

 
 
 
自分の修行は完了したのだろうかと、観察する

自分の修行は完了したのだろうかと、観察する  この観察が終わったら、自分の修行は完了したのだろうかと、観察します。まだいくつかの煩悩が残っていること、まだまだ感情が湧きでる可能性があることを発見します。それは残りの煩悩の観察です。  残りの煩悩の観察が、悟りに達してたちまちできるかどうかは分かりません。解脱に達したショックが冷めたところで、再び心を観察するやり方もよいと思います。遅かれ早かれこの観

 
 
 

コメント


bottom of page