top of page
検索

155 嫌なことが起こっても、笑えば得をする

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年3月11日
  • 読了時間: 1分

 私たちは周りで起こる出来事を「嫌」という感情で受け取るので、怒り漬けになるのです。今度はそのような出来事に笑ってみることにするのです。子供が絨毯の上で醤油をこぼしたら、怒ります。犬がソファの革張りを破ったら、怒ります。このように、怒りたくなることが周りでたくさん起きます。「やってはいけない」という自我中心的な希望があるから、怒ってしまうのです。やってはいけないと自分勝手に決めても、出来事はそれなりの理由があって起こるのです。どうにもならないことです。怒ったら損をするだけです。同じことに笑うならば、得をするのです。怒りがあっても笑顔を見せるのです。怒りがあっても、相手に優しい言葉をかけるのです。心の感情が外にばれないようにするのです。一、二回やってみて成功したら、それは自信につながります。自分の怒りを早く発見して、感情を制御できる人間になれるのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《笑い》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【怒らない練習 p106】

 
 
 

最新記事

すべて表示
いろいろな方法がすべて間違いであるとが実証済みとなる

いろいろな方法がすべて間違いであるとが実証済みとなる  解脱に達することができたのは、釈尊の説かれた観察方法を実践したからです。したがって、苦を乗り越えるためには観察実践が正しい方法であるということになります。心を清らかにするために、魂を浄化するために、真我を体験するために、などなどの目的を設定して、その目的に達するために世の中でいろいろな方法が説かれています。それらはすべて間違いであると、修行者

 
 
 
自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる

自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる  それから、今現在の心を観察します。何を発見して心が涅槃に入ってしまったのか、観察します。すると、自我は存在しない、成り立たない、因縁によって一時的に起こる現象に対しての勘違いに過ぎない、という発見の次に、涅槃を経験したのだと分かるのです。要するに、「有身見」が消えたのです。修行者は、仏道が正しい道であると経験しています。ですから「疑」も

 
 
 
涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する

涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する  テキストでは、magga 道、phala 果、nibbāna 涅槃、根絶した煩悩、残りの煩悩を観察するのだと説明しています。この順番で観察する必要がある、というわけではありません。修行者は自分が気になる順番で観察すると思います。悟りの経験は並外れた大胆な経験です。そのときは、心さえも存在しなかったのです。修行者は、認識の流れが戻ったら、まずそれを観

 
 
 

コメント


bottom of page