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155 嫌なことが起こっても、笑えば得をする

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年3月11日
  • 読了時間: 1分

 私たちは周りで起こる出来事を「嫌」という感情で受け取るので、怒り漬けになるのです。今度はそのような出来事に笑ってみることにするのです。子供が絨毯の上で醤油をこぼしたら、怒ります。犬がソファの革張りを破ったら、怒ります。このように、怒りたくなることが周りでたくさん起きます。「やってはいけない」という自我中心的な希望があるから、怒ってしまうのです。やってはいけないと自分勝手に決めても、出来事はそれなりの理由があって起こるのです。どうにもならないことです。怒ったら損をするだけです。同じことに笑うならば、得をするのです。怒りがあっても笑顔を見せるのです。怒りがあっても、相手に優しい言葉をかけるのです。心の感情が外にばれないようにするのです。一、二回やってみて成功したら、それは自信につながります。自分の怒りを早く発見して、感情を制御できる人間になれるのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《笑い》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【怒らない練習 p106】

 
 
 

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