top of page
検索

156 短い人生、よく笑って生きるべき

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年3月12日
  • 読了時間: 2分

 ユーモアを持って、よく笑ったほうがいいのです。よく笑ってユーモアたっぷりに過ごせば、楽に生きていられます。どうせ死ぬのですから、そんなに人生を真剣に受け止める必要はないでしょう。一日、泣いたら損でしょう。「短い時間しかないのだから一日も損しないぞ」と考えて、笑って生きることです。けんかもしない。けんかし嫌な気持ちになっている時間の分だけ損ですから。そうやって、けんかもしないで、人に怒ることもしないで、人に対して恨みも持たないで、明るく笑って生きるのです。考えてみてください。恨みというのは怒りよりひどいでしょう? ちょっと恨みを持ってしまうと、なかなか消えません。死ぬまで同じ恨みを抱えたままになります。そういう人生は面白いでしょうか? 人のことを恨んで、隣の人と喧嘩ばかりして、隣の国々とも喧嘩ばかりして過ごす生き方は安全でしょうか? 面白いでしょうか? 何か利益があるでしょうか? 何もないでしょう。「死」という現象があるからこそ、死ぬからこそ、毎日、明るく生きていられるのです。有益な人生がおくれるのです。無益なことは絶対せずに済むのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《笑い》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【業/苦/死―アルボムッレスマナサーラ法話選12012年 p231】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page