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168 心を清らかに保つことが何よりの胎教

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年6月3日
  • 読了時間: 1分

 現代では、お腹にいる赤ちゃんへの胎教(胎児教育)や幼児教育などが商売にもなっていますね。仏教はそれらに反対の立場です。なぜなら、まず胎教や幼児教育の研究があいまい中途半端で、科学的ではないからです。科学的根拠の怪しい胎教に一生懸命になるくらいなら、もっと生命の法則や自然法則に従って、胎児を守ったほうがいいと思います。お腹の中にいるときは勝手に自動的に成長しますが、心が身体に影響を与えますから、母親が穏やかな、慈しみにあふれた心でいればいいのです。自分以外の妊婦さんの気持ちも理解してあげたり、周りで知らない子どもたちが遊んでいるのを見ても、穏やかな気持ちで「いいなあ、うちの子もこんなふうに元気に育ってほしい」というような、慈しみを育てること。怒り、不安、憎しみなどの感情が絶対に心 に入らないようにすること。これが何よりの胎教になります。お母さんがそうやって心を清らかに保っていれば、お腹の子も精神的に落ち着いた赤ちゃんとして生まれると思います。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《子育て》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【ブッダの智慧に学んで子育てのプロになる親は子を育て、子は親を育てる」(2017年) p106】

 
 
 

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