top of page
検索

169 社会貢献のポイントは「正しい相互依存」

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年4月17日
  • 読了時間: 2分

 我々大人が、子供たちに教えてあげるべきことは、「あなたは自分の幸福のために、何を他人に与えているのか」ということです。この「自分の幸福のために」という言い方が必要です。これが、相互依存ということです。 ただ単に「あなたは他人様に何をしてあげているのですか? 」と聞いても、あまり言葉に力がありません。「なぜ、何かをしてあげなくてはいけないの? 」ということになるからです。 我々は子供たちや若者に対して、社会に貢献をするいろいろな方法、貢献する技術を教えるべきです。幼いときから社会の役に立つ人間になるようにと、そればかりを呪文のごとく言いながら、しつけをしなくてはいけません。 たとえば、「君が勉強をするのは、いい仕事を見つけて金儲けをするためだけではない。勉強をすれば君もいい仕事に就き、金を儲けて幸せにもなる。そして、同時に君も社会に何か貢献をしていることになります」と、このように言えば、子供は「勉強は嫌だ」とは言えなくなります。勉強をサボることは罪だからです。このことを理解した子供は、一方的に母体に寄生することはできなくなります。『一分で読むブッダの教え』第3章 人生の悩みは、仏教で解決する《子育てと親孝行》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【自立への道 ブッダはひとりだちを応援します (お釈迦さまが教えたこ 6,2008年) p53】

 
 
 

最新記事

すべて表示
無常・苦・無我と解脱の関係

無常・苦・無我と解脱の関係  解脱に達するためには、一切の現象が無常であり苦であり無我であると観察しなくてはいけません。集中力が上がったら、修行者は五番目の道非道智見清浄に入るところから意図的に無常・苦・無我を観察してきました。そのとき、現象は互いに異なる三つの本性を持っているように観えます。さらに修行すると、無常・苦・無我のうち一つの本性だけが心によく分かるようになります。心はその本性にあえて興

 
 
 
自分の修行は完了したのだろうかと、観察する

自分の修行は完了したのだろうかと、観察する  この観察が終わったら、自分の修行は完了したのだろうかと、観察します。まだいくつかの煩悩が残っていること、まだまだ感情が湧きでる可能性があることを発見します。それは残りの煩悩の観察です。  残りの煩悩の観察が、悟りに達してたちまちできるかどうかは分かりません。解脱に達したショックが冷めたところで、再び心を観察するやり方もよいと思います。遅かれ早かれこの観

 
 
 
いろいろな方法がすべて間違いであるとが実証済みとなる

いろいろな方法がすべて間違いであるとが実証済みとなる  解脱に達することができたのは、釈尊の説かれた観察方法を実践したからです。したがって、苦を乗り越えるためには観察実践が正しい方法であるということになります。心を清らかにするために、魂を浄化するために、真我を体験するために、などなどの目的を設定して、その目的に達するために世の中でいろいろな方法が説かれています。それらはすべて間違いであると、修行者

 
 
 

コメント


bottom of page