top of page
検索

170 子育ては人格改良のチャンスでもある

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年4月18日
  • 読了時間: 1分

 自己中心的で、わがまま好き勝手で、他人に対して何の思いやりもない人間にとっては、子供が生まれることは革命的な出来事です。人格が変わるのです。自我が薄くなるのです。慈しみ、思いやり、やさしさなどの性格が表れるのです。この点では、心の成長です。愛着でなく、慈しみで、憐れみで、献身的に子育てすることは、人格改良に役立ちます。仏教はこれだけは評価します。親が慈しみで子育てをして独立させること、子供は親を尊敬すること、その両方が、親子ともどもの人格改良の糧になります。子孫をつくることに、それ以外の意味はありません。しかし、愛の代わりに愛着が生まれると、子供が自分の所有物だと勘違いすると、子育ては人格改良の点でも裏目に出てしまいます。『一分で読むブッダの教え』第3章 人生の悩みは、仏教で解決する《子育てと親孝行》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【欲ばらないこと 役立つ初期仏教法話13 (サンガ新書018,2011年) p169】

 
 
 

最新記事

すべて表示
観察の汚れ:⑥ 確信adhimokkha

観察の汚れ:⑥ 確信adhimokkha  心・心所の説明でadhimokkha 勝結という心所に出会いました。何かを認識するときというのは、心がその対象から離れないで対象にくっついている状態です。この状態でなければ認識することができません。  優れた修行者が経験するadhimokkha という障碍は、心所のadhimokkha とは違います。『清浄道論』では、adhimokkha とはsaddh

 
 
 
観察の汚れ:⑤ 楽sukha

観察の汚れ:⑤ 楽sukha  楽の説明は三番目のpīti 喜と同じです。ここでは言葉の違いだけ理解しておきましょう。喜とは激しい波です。楽とはとても落ち着いた波です。楽の場合は、安楽という言葉があるでしょう。楽があって、その上、徹底した安心感もあるのです。普通の日本語でも、「これは楽しい」という場合と「これは楽」という場合には違いがあります。その違いは何かということは言葉で説明しにくいです。蜂蜜

 
 
 
観察の汚れ:④ 軽安passaddhi

観察の汚れ:④ 軽安passaddhi  軽安とは、軽いという意味です。落ち着いた、というニュアンスも入っています。真夏に人が道を歩いたとしましょう。暑いし、歩いて身体も疲れているのです。それから、クーラーがついている家に入ります。ソファに座ります。今までの苦しみが消えていきます。落ち着くのです。  ヴィパッサナー修行は重労働です。集中力を保つことも大変です。身体で痛みを感じます。修行がうまく進ま

 
 
 

コメント


bottom of page