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181 性格が一番大事

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年6月21日
  • 読了時間: 2分

 仏教には、倫理学という言葉はありません。あるのは「生き方」なのです。生 き方には、正しい生き方と間違った生き方があります。学校だったら、 先生と生徒がいます。 先生が先生と喋る場合は、喋り方があるのです。先生に「この野郎」というのは間違いです。倫理学と呼ぶような大げさなものではなく、道徳、生き方、 way of life です。 「おじいさん のこと、ちゃんと尊敬しなさい」「おじいさんをお世話した?」というふうに。さすがに赤ちゃんには無理ですが、小さいときから How to live ということを教えれ いのです。 数学 などは二の次です。教の世界では、仏教なしには何一つも成り立ちませんから。正しい生き方が基本になければだめなのです。たとえば優秀な学生がいて、天才的な能力を発揮したとしても、性格が悪くて、飲み屋で喧嘩して人をぶん殴ったりするような人だったら、誰からも雇われません。いくら教授たちもびっくりするほどの天才だったとしても、ゴミ扱いです。知識は二の次で、一番は性格なのです。生き方が大事です。勉強さえできればいいとよく言いますが、いいわけがありません。そんなに優秀でなくても、性格が素晴らしかったら、全然問題ないのです。どんな会社でも雇います。かわいがられます。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《正しい生き方》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【仏教と科学が発見した 「幸せの法則」 - 「心」と「私」のメカニズムを解き明かす p256】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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