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195 微笑んでみる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年7月5日
  • 読了時間: 1分

 理由は何でもよいのです。微笑んでみましょう。理由がないならば、理由がないことに微笑んでみましょう。食べるご飯がおいしいものであるならば、微笑んでみましょう。食べるご飯が期待外れでまずいものであるならば、微笑んでみましょう。人に褒められたら、微笑みましょう。人に非難されたら、微笑みましょう。仕事がうまくいったら、微笑みましょう。仕事が失敗したら、微笑むのではなく、大きく笑ってみましょう。微笑みを欠かさなければ、あなたは誰にも奪い取ることができない、何が起きても揺らがない幸福に達します。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《正しい生き方》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【今日を充実した一日にするための日めくりブッダの教え 07 (2016年)】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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