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203 仲良く生きてこそ人間

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年7月13日
  • 読了時間: 1分

 私たちは、お互いに助け合ってこそ生きられるのです。このことは、けっして忘れないでください。「みんな、仲良くしましょう」という慈悲の心は、道理にかなったことなのです。人間というのは誰かと一緒にいると楽しいものですね。家族が一緒にいると楽しいでしょう? 帰ってみたら家が暖かくなっていて、みんなに「お帰りなさい」と言われたら嬉しいですね。それは人間だからこそ味わえる楽しみなのです。その幸福を、今すぐに明るい気持ちで味わってください。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《人間の真実》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【心は病気 役立つ初期仏教法話2 (サンガ新書2006年) P216】

 
 
 

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心が一つの本性のみを観察するようになる  七番目の智見清浄のレベルに入ると、心が興味をいだいた一つの本性のみを観察するようになります。要するに修行者は、無常を観察するか、苦を観察するか、無我を観察するか、いずれかです。さまざまな現象を観察すると、そのぶん、心の集中力が薄くなります。一つの本性に定めたら、集中力が徹底的に強くなります。七番目の智見清浄のゴールは解脱に達することです。ですから、一切の現

 
 
 
無常・苦・無我と解脱の関係

無常・苦・無我と解脱の関係  解脱に達するためには、一切の現象が無常であり苦であり無我であると観察しなくてはいけません。集中力が上がったら、修行者は五番目の道非道智見清浄に入るところから意図的に無常・苦・無我を観察してきました。そのとき、現象は互いに異なる三つの本性を持っているように観えます。さらに修行すると、無常・苦・無我のうち一つの本性だけが心によく分かるようになります。心はその本性にあえて興

 
 
 
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自分の修行は完了したのだろうかと、観察する  この観察が終わったら、自分の修行は完了したのだろうかと、観察します。まだいくつかの煩悩が残っていること、まだまだ感情が湧きでる可能性があることを発見します。それは残りの煩悩の観察です。  残りの煩悩の観察が、悟りに達してたちまちできるかどうかは分かりません。解脱に達したショックが冷めたところで、再び心を観察するやり方もよいと思います。遅かれ早かれこの観

 
 
 

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