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206 ストレス社会に負けない心に

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月1日
  • 読了時間: 1分

 日本ではストレスは絶対になくなりません。赤ちゃんまでストレスがたまっています。生まれてから死ぬまで、ずっとストレスだらけです。ですから健康法や呪文で病気を治す商売の人々は、どんどん儲かっていきます。そういう商売をしている人たちは、いくら自分が 「神通力」や「超能力」で病気を治したとしても、人はまたすぐに病気になるということを知っているのです。病気になったら自分をまた頼ってくるから商売には困らない、お金は儲かるばかりだということを知っています。我々に本当に必要なことは体の病気を治すことではなく、心を治すことです。ですから私は、「体の病気を治そうとするのは無意味ですよ、病気のことは忘れてください」と書いたのです。体ではなく心の問題を見てください、心の病気を治してくださいと言いたいのです。心を治してしまえば、自然に体も健康になってしまいます。大切なのは心を治すことです。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《心と体》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【まさか「老病死に勝つ方法」があったとはブッダが説く心と健康の因果法則 (2008年) (改題 「老病死に勝つブッダの智慧 心と健康の因果法則」2017年) p97】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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