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207 努力しなくては何も得られない

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年7月18日
  • 読了時間: 1分

 人生のすべては、努力によって成り立ちます。頑張らなければ、努力しなくては、何も得られません。生まれたての赤ちゃんでさえ、精一杯頑張っています。泣かなかったら、お母さんのおっぱいが出ないので、頑張って泣くのです。泣くと、お母さんが本能的に反応して、おっぱいが出るようになります。赤ちゃんの頑張りは、お母さんのおっぱいが出るようになったところで終わりではありません。さらに赤ちゃんは、おっぱいを吸いながらすごくかわいい顔をしたり、満足そうな音を出したり、お母さんの身体を握ったり、髪の毛を引っ張ったり、いろいろなことをします。生きるために、一生懸命、頑張るのです。赤ちゃんがそのようにすると、お母さんからはオキシトシンなどのホルモンが出てきて、なおさら「この子のためなら何でもやるわ」という気分になっていきます。赤ちゃんは本能的にそれを知っていて、自分が生きるために努力しているのです。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《人間の真実》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【心を整える8つの脳開発プログラム 悩みを生み出す 「大脳」と「原始脳」の メカニズム』 (2015年) p141】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
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