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208 ポジティブな人がツイている理由

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月3日
  • 読了時間: 1分

 「これも嫌だ、あれも嫌だ」と思う人は、当然早く病気になるし、早死にします。その毒は誰がつくるのかというと、その人自身です。心の中で、脳細胞の中で、できあがります。反対に、明るく、大変充実した気持ちで、楽しく、「あー、よかった、よかった」という感じで活動すると、まったく反対の性質のホルモンが出てきます。それには体を守る、維持する、治す、というすごい力があります。どんなウイルスが入っても、そういうウイルスに汚染されないで、自分の細胞をちゃんと守ってくれます。 ですから、どんな人でも病気にかかるわけではなくて、すごく明るく、ポジティブな思考をもっている人々は、ほとんど病気にかかりません。どこへ行っても、ものごとがうまくいきます。まわりからは「あの人、ツイてるなあ」と言われます。そのツキに人は嫉妬して自分の体の中に毒をつくります。しかし、その人は「ツイている」わけでも、神様から特別なお恵みにあずかっているわけでもありません。常に明るいから、ものごとがうまくいくだけの話です。くよくよと、いつまでも悩まないからなのです。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《心と体》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【現代人のための瞑想法 役立つ初期仏教法話4」 (サンガ新書13 2007年) p26】

 
 
 

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