top of page
検索

21 感謝は怒りの解毒剤

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年10月28日
  • 読了時間: 2分

 感謝とは怒りに対する解毒剤の一種です。仏教が推薦する感謝は、明確で具体的なものです。食卓に夕食のごちそうがそろったら、皆単純に「いただきます」と言いますが、それはマナーにすぎません。自分が食べることだけを気にしているのです。今度はぜひ、食卓に座ったら「お母さん、ごちそうを作ってくれてありがとうございます。お父さん、毎日頑張ってくれてありがとうございます」と言ってみてください。おそらく恥ずかしいと思うでしょう。それがポイントです。一回やってみたら、奇跡的なほど、両親の心が幸福に満たされます。子供も楽しみと幸福を感じます。それで心の病がなくなります。怒りに悩まされている場合ではありません。この習慣を徐々に拡張するのです。お世話になるたびに、お世話をしてくれた人に明確に感謝する。それから、日本に住んでいる人々が皆、一生懸命、真面目に頑張っているからこそ、自分も幸福でいられるのだと理解できるようになるのです。皆がいかに頑張ってくれていることか、ジリジリと感じてみてください。これが感謝の気持ちです。すごく楽しい気分です。心の病が消えます。怒りが割り込む余地はなくなります。ですから、仏教が推薦するのは明確に現実を理解した上での、気持ちのこもった、本物の感謝なのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第1章 私たちの悩みを解決する《怒り》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【怒らない練習 P90】

 
 
 

最新記事

すべて表示
六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa  火事の喩えの続きです。燃えている寝室から脱出したくなるでしょう。しかし、その気持ちになっただけで、脱出成功とは言えません。まだ脱出を実行してもいません。脱出を実行する前に、やらなくてはいけないことがあるのです。それは火事になっている寝室を観察することです。正しく観察しないで脱出を実行すると、死んでしまうかもしれません。窓から逃げれば

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa  自分がいる状況は確実に危険であると分かれば、そこから脱出したくなります。自分の寝ている部屋が火事になってごうごうと炎が上がっていると発見したら、心は瞬時に脱出したいと思います。「きれいな部屋だったのに」「気に入っていたのに」「模様替えしたばかりだったのに」云々とは考えません。この喩えのように、修行者は一切の現象から脱出するべ

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa  一切の現象は怖畏のみをつかさどるのが本性であるならば、現象に対する未練を捨ててしまうのが理性的です。おいしそうに見える食べ物がある。食べたいという気持ちもある。その食べ物を徹底的に調べてみたところ、少量服用しただけでも死に至る猛毒で汚染されていると発見する。その発見と同時に、その食べ物に対して今まで持っていた未練は跡形もなく消えるのです。

 
 
 

コメント


bottom of page