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210 今日をしっかり生きる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年7月20日
  • 読了時間: 1分

 「明日がある」は仏教的なモットーではありません。人間は同じパターンで生きるので、今日無駄をした人は明日も別な無駄をするものです。「明日はどうでもいい。今日楽しければ十分だ」と思う感情も仏教的ではありません。なぜ「明日があるさ」も「今日だけよければいい」というのも仏教的ではないのでしょうか? それは因果法則を否定する無知な思考だからです。明日は今日の行為の結果なのです。今日遊んでしまうと、明日ひどい目に遭うのです。ですから、仏教は「今日をしっかり生きる」ということを説きます。昨日のことで悩まず、明日のことに夢を見ず、今日を充実させること、「日々是好日」という生き方は仏教的な生き方なのです。今日は二度とリピートしないということを理解して、無駄を完全に止めて、効率的に生きるのです。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《今を生きる》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【有意義な生き方 幸福に生きるとは?」 (お釈迦さまが教えたこと3,2006 年 p88】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
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