top of page
検索

211 瞬間瞬間の行為に集中する

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年7月21日
  • 読了時間: 1分

 生きるとは、今の瞬間、何をやっているかということです。今の瞬間、この〈からだ〉が何かやっている。それが生きる、ということです。人生とは、瞬間の一つひとつで成り立っているのです。その瞬間ただ座っている。歩いている。本を読んでいる。人と話している、考えごとをしている、料理している、歯を磨いている。その瞬間にやっていることが、まさに生きるということです。それ以外、何もないのです。それ以外に神秘的な世界というものなど、ないのです。その瞬間瞬間の自分の行為を見るのです。一つひとつに集中していくと、次にやるべきことが明瞭にわかってきます。その瞬間に人生のすべてが入っているんです。その瞬間の出来事が真珠のひとつの珠のようなものなんです。それこそ、仏教がすすめる智慧の世界なのです。智慧のないひとは、人生をすごく大雑把にみてしまいます。なにか神秘的なものととらえたり、形而上学的なことを言い出したりします。そういった観念によって、足を引っられるのです。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《今を生きる》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【スマナサーラ長老の仏教塾(2016年) p104】

 
 
 

最新記事

すべて表示
観察の汚れ:⑥ 確信adhimokkha

観察の汚れ:⑥ 確信adhimokkha  心・心所の説明でadhimokkha 勝結という心所に出会いました。何かを認識するときというのは、心がその対象から離れないで対象にくっついている状態です。この状態でなければ認識することができません。  優れた修行者が経験するadhimokkha という障碍は、心所のadhimokkha とは違います。『清浄道論』では、adhimokkha とはsaddh

 
 
 
観察の汚れ:⑤ 楽sukha

観察の汚れ:⑤ 楽sukha  楽の説明は三番目のpīti 喜と同じです。ここでは言葉の違いだけ理解しておきましょう。喜とは激しい波です。楽とはとても落ち着いた波です。楽の場合は、安楽という言葉があるでしょう。楽があって、その上、徹底した安心感もあるのです。普通の日本語でも、「これは楽しい」という場合と「これは楽」という場合には違いがあります。その違いは何かということは言葉で説明しにくいです。蜂蜜

 
 
 
観察の汚れ:④ 軽安passaddhi

観察の汚れ:④ 軽安passaddhi  軽安とは、軽いという意味です。落ち着いた、というニュアンスも入っています。真夏に人が道を歩いたとしましょう。暑いし、歩いて身体も疲れているのです。それから、クーラーがついている家に入ります。ソファに座ります。今までの苦しみが消えていきます。落ち着くのです。  ヴィパッサナー修行は重労働です。集中力を保つことも大変です。身体で痛みを感じます。修行がうまく進ま

 
 
 

コメント


bottom of page