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213 体には価値がない

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月8日
  • 読了時間: 1分

 「肉体は何の価値もないのだ」とお釈迦様はおっしゃいます。肉体は、消費期限がとても短いものです。ですから、認識作用がなくなったら、すぐに捨てられてしまいます。体のために生きることは、最終的に何も得られない、損だけの生き方になります。しかし、世の中の生き方は、体のために生きることです。世の中の人々は、心のために生きる意志はないのです。 それは、肉体が永遠不滅だと考えているからです。しかし、仏教でいう心が瞬間瞬間で変わる集合体だからこそ、心がすごく強い力だからこそ、心を育てなくてはいけないのです。ですから、どんなにこの体のためにビルをつくったり、いろいろなことをしたり、戦争までして生きていても、結局は何も得られません。肉体は捨てられるのです。 『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《心と体》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【ブッダはなぜ心を重視するのか 心は「幸福」「不幸」のクリエイター (お釈さまが教えたこと 7, 2009年) p235】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

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とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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