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214 今すぐ幸福になる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年7月24日
  • 読了時間: 2分

 一度でも善心が生まれたら、人というものはその道に行きたくなるのです。善心は、すごく気持ちいいものだからです。ちょっと前に亡くなったマザー・テレサさんも、たまたまインドに来て、ちょっと善いことする機会に出会って、自分が善いことをしたのです。するとすごく気持ちよかったのですね。それから、あの生涯をかけた奉仕活動が始まったのです。人間に生まれたのだから、本物の善の喜びを感じて生きることが、なぜ悪いのでしょうか。生命は幸福を目指しているのだから、「遠い未来で幸福を得よう」というのはおかしい。今ここで幸福が味わえないなら、明日も幸福は味わえないのです。「今日、幸福になるぞ」と努力する人は、それなりに幸福な一日を過ごすと思います。また、明日が今日になった時点で、また幸福に生きるために努力するから、昨日より幸福になるでしょう。ですから、「今日、幸福になる」をモットーにすると、日々幸福に生きられる。またその幸福も、日々、向上していくのです。心は幸福を目指しているのだから、すぐに幸福・喜び・充実感を味わわないといけない。それをいったん味わったら、それは善行為です 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《今を生きる》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【ブッダの実践心理学 第三巻 心所の分析 p180】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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