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214 心の汚れは体の毒

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月9日
  • 読了時間: 1分

 心の状態は、体の状態と密接な関係があります。健康のためには、明るい心、謙虚な心が必要です逆にどんな形であれ高慢は体に悪い影響を与えます。それは猛毒です。自分の心の毒で自分自身がやられてしまうのです。私たちの体にはいろいろな猛毒があるのだとお釈迦様は言います。嫉妬、怒り、高慢、苛立ち、悩み、憂い・・・・・・、そうした心の働きはすべて猛毒です。ですからいくらすばらしいお医者さんの治療を受けても、そうした毒がある場合、病気はなかなか治りません。どんなに体にいい食べ物を食べても、心が汚い人は、食あたりを起こして病気になってしまいます。心さえ清らかになれば、今、私たちが苦しんでいる病気の九〇パーセントは消えてしまうでしょう。ちょっと病気になったとしても、心が清らかな場合は、少し薬を飲んだだけで、すぐに治ります。それは確かな事実なのです。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《心と体》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【まさか「老病死に勝つ方法」があったとはブッダが説く心と健康の因果法則 (2008年) (改題 「老病死に勝つブッダの智慧 心と健康の因果法則」2017年) p71】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
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