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215 少欲知足で心を強くする

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月10日
  • 読了時間: 1分

 心と体のうち、より主導権があるのは心のほうです。心が病むと、肉体に「あれをやれ、これをやれ」と、煩悩が命令をすることになります。「もっと食べろ」という命令で過食症になったり、「食べるな」という命令で拒食症になったりします。あるいは「死になさい」と心が命じて自殺してしまうこともあります。病んだ心が肉体を殺してしまうのです。ですから、煩悩を増大させないよう、心を管理しなければならないのです。ちょっとした欲でも気をつけなくてはいけません。おいものを食べたときに「おいしい」だけなら問題ありませんが、「もっと欲しい」というのは塩水です。どんどん、どんどんエスカレートしていってしまいます。では、どうするか。ゴールデンルールは「小欲知足」です。欲に対する二種類の薬です。「ニーズを少なくすること」と「不満を持たないこと」によって、いつでも何ごとにも程度があることを忘れないことです。いつでも「少欲知足」を心がけることが、欲の制御コントロール、心の管理です。それによって心が強くなり、人生は幸福になるのです。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《心と体》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【欲ばらないこと 役立つ初期仏教法話13 (サンガ新書018,2011年) p187】

 
 
 

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