top of page
検索

220 現代病にならない食べ方

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月15日
  • 読了時間: 2分

 私たちは、体を維持するために食べているのではなく、おいしいから食べています。皆がごちそうを食べているから自分も食べています。今、流行っているのだからといって、食べています。油ばかり食べたりして、「おかしいのもいいところ」です。滑稽です。欲で食べているのですから、怒りで食べているのですから、見栄で食べているのですから、嫉妬で食べているのですから、食べるものは、ほとんど毒になります。毒ですから、体はそれを採り入れません。しかし入ったものは、体のあっちこっちにたまっていきます。体はゴミだらけです。ゴミだらけで詰まっているのですから、どうやって血管が動くのでしょうか、という話です。お釈迦さまは、「人は食べるときは、欲を捨てて食べなくてはいけませんよ」とおしゃいます。身体を維持するために、管理するために必要な栄養分をいただきます、受け入れ す」という気持ちで食べましょうと。食べるときに見栄を張ったり、もちろん暴力的になったりせず、「今からいただく、この食べ物をつくってくれたすべての生命に対して、慈しみを抱きます」という気持ちで、適量だけ食べます。それなら、現代病は一つも起こりません。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《心と体》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【結局は自分のことを何もしらない 役立つ初期仏教法話6」 (サンガ新書2008年) p172】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page