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221 食べないと細胞が活性化する

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月16日
  • 読了時間: 1分

 空腹感を感じたほうがいいのです。空腹感を感じると、細胞が生き返ってきます。ちゃんと三食を食べると、まず肉体が怠けます。栄養がありあまって、自分たちの仕事をしない。仕事をしないで怠けると、かなり悪い物質が残ってしまいます。栄養を絶ってみると細胞がアラッとびっくりするのです。それで自分たちが生き返ってきて、微妙なものでも摂取しなくては困ると思うようになる。細胞がいきなり活性化するのです。細胞が活性化すると、何のことなく心が回転してきます。わかりやすくいえば、すごく元気になるということです。 元気というのは肉体的な元気だけではなく、精神的にも元気になる。精神的な元気がより活発になってくると、精神的な栄養が摂れるのです。物質を食べていないだけで、心は回転していますから。それで幸福感、喜悦感、仏教では「軽安(きょうあん passaddhi パッサッディ)」と言いますが、心身ともに軽く感じたり活発になったりします。それは普通の生活ではけっして味わえない大変な幸福です。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《心と体》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【迷いと確信 大乗仏教からテーラワーダ仏教へ 山折哲雄氏との共著 (2007年) p80】

 
 
 

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