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229 生命の法則

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月27日
  • 読了時間: 1分

 ある、生命の法則があります。あなたがほかの生命に対して優しさで接すれば、ほかの生命も優しさで接してくれる、ということです。あなたが人を怒ってにらんだら、相手もにらんできます。それで気持ち悪くなって、あなたは幸福に生きていられなくなります。あなたが生命を殺してしまうと、その生命には死ぬまで寿命をまっとうする権利があるのですから、その権利を途中で奪ってしまうことになります。だから、あなた自身も生きる権利を失ってしまいます。他人を殺した時点でとっくに生きる権利を失っているのです。だから、最初から「殺生するなよ」ということが法則にのっとって道徳になるのです。もし長生きしたければ、生命を助けてあげることです。それで長生きできます。気持ちよく生きたければ、あなたが親切にしてほしければ、親切にしてあげなさい。そうしたら親切が返ってきます。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《命を理解する》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【迷いと確信 大乗仏教からテーラワーダ仏教へ 山折哲雄氏との共著 (2007年) p212】

 
 
 

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