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232 命を脅かす怒り

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年6月27日
  • 読了時間: 1分

 私たちの心は「長生きしたい」と思っています。「死にたくない」と思う気持ちがあまりに強いので、心にストレスがたまっていつも脅えているのです。そして、自分の生命を邪魔されるのではないかと、他の生命や環境に対して拒否感を示し攻撃します。攻撃すると、相手からも攻撃されます。 自分が生きたい、幸せになりたいとばかり思って、他人と環境を敵に回すと、相手もこちらを敵としてとらえてしまいますから、さらにこちらも攻撃を強めることになるのです。この「怒り」の悪循環にはまることほど、恐ろしいことはありません。怒りの自己発火現象です。 怒ると、心が病気になって、次には脳が病気になり、体が病気になります。怒りっぽい人というのは、ものすごくガンになりやすいのです。長生きしたかった人が、怒りに引っ張られて、短命になる道を歩むことになります。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《命を理解する》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【自分を変える気づきの瞑想法 (2004年) ([増補改訂版] 2011年) p48】

 
 
 

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「因果法則」は存在そのものの研究成果

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