top of page
検索

237 毎日の変化を楽しんで生きる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年7月2日
  • 読了時間: 2分

 歳をとるにつれ自分が毎日変化していく、その実際を楽しめばいいのです。毎日、自分の心も体も変化していく。毎日、まわりも変化していく。その現象を楽しめば、歳をとることは楽しくて仕方がなくなります。そのように気持ちを入れ替えるべきです。そもそも自分は毎日毎日変化していくのだから、昨日の自分で今日も生きていたいというのはおかしなことです。今、五十代や六十代の女性も、十六歳のときの自分がどんなだったかを思い出してみてください。そのころはニコニコ笑いながら遊んだり、男性に声をかけられたり、楽しく華やかなことがいろいろあったと思います。しかし、五十代になった女性に、「十六歳のときと同じように行動してみてください」と言ったらどうなるでしょうか? 十六歳のときの服を着て、十六歳のときの髪型にして、十六歳のときのアクセサリーをつけて一日行動してみてください。どれほどおかしいか、どれほど笑われるか、どれほどの目に遭うかは、だいたいおわかりになるでしょう。これは極端な例ですが、過去に戻ることがどれほどバカバカしくて、残酷で、大変な苦しみなのかということに気づいてほしいのです。『一分で読むブッダの教え』第4章 命を理解し、老病死を恐れずに生きる《老いと死》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【まさか「老病死に勝つ方法」があったとはブッダが説く心と健康の因果法則 (2008年) (改題 「老病死に勝つブッダの智慧 心と健康の因果法則」2017年) p48】

 
 
 

最新記事

すべて表示
無常・苦・無我と解脱の関係

無常・苦・無我と解脱の関係  解脱に達するためには、一切の現象が無常であり苦であり無我であると観察しなくてはいけません。集中力が上がったら、修行者は五番目の道非道智見清浄に入るところから意図的に無常・苦・無我を観察してきました。そのとき、現象は互いに異なる三つの本性を持っているように観えます。さらに修行すると、無常・苦・無我のうち一つの本性だけが心によく分かるようになります。心はその本性にあえて興

 
 
 
自分の修行は完了したのだろうかと、観察する

自分の修行は完了したのだろうかと、観察する  この観察が終わったら、自分の修行は完了したのだろうかと、観察します。まだいくつかの煩悩が残っていること、まだまだ感情が湧きでる可能性があることを発見します。それは残りの煩悩の観察です。  残りの煩悩の観察が、悟りに達してたちまちできるかどうかは分かりません。解脱に達したショックが冷めたところで、再び心を観察するやり方もよいと思います。遅かれ早かれこの観

 
 
 
いろいろな方法がすべて間違いであるとが実証済みとなる

いろいろな方法がすべて間違いであるとが実証済みとなる  解脱に達することができたのは、釈尊の説かれた観察方法を実践したからです。したがって、苦を乗り越えるためには観察実践が正しい方法であるということになります。心を清らかにするために、魂を浄化するために、真我を体験するために、などなどの目的を設定して、その目的に達するために世の中でいろいろな方法が説かれています。それらはすべて間違いであると、修行者

 
 
 

コメント


bottom of page