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237 相違点に興味を持てば平和に生きられる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年8月16日
  • 読了時間: 1分

 我々はみんな仲良くしなくてはいけないと思い、他人と自分が同じであるとするために、必死で共通点を探すのです。これは骨の折れる作業だと思います。なぜかというと、探せば探すほど見つかるのは相違点ばかりだからです。共通点はすべてお釈迦様によって語られているので、探す必要はないのです。我々一般人は、共通点があれば仲良くできると、互いに理解できると思うことと裏腹に、相違点ばかりなら調和はできないという気持ちもあります。それは差別意識以外の何ものでもないのです。しかし、生命は誰であってもうまく仲良くして生きられるうまい技があるのです。それには、相手の相違点を評価するのです。相違点に興味を持つのです。「あなたは私と違ってよかった」という気持ちで生きてみることです。それなら、みんな幸せになると思います。我々は他人に自分を合わせようとして、どれほど苦労していることでしょうか。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《慈しみ》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【ブッダの実践心理学 第五巻 業(カルマ) と輪題の分析」 藤本晃氏との共著(2009年) p272】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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