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240 不満は病気

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年8月19日
  • 読了時間: 1分

 不満は、病気です。「いくらあっても、もっと欲しい」と思うのは病気なのです。そう思う心は暗く硬くなって、柔軟性がなくなります。自分より多く持っている人々に対して、嫉妬、怒りが現われますから、社会全体を恨んだり憎んだりする人間にもなってしまいます。このように、不満は人を自己破壊へ導く病気です。ただし、お釈迦様が教えた満足の実践で治る病気なのです。大事なポイントは「満足」です。満足したら楽しいし、幸福感を感じます。成功なのです。そのためには真面目に限度を決め、その限度に達するために努力もすることです。いとも簡単に達せられる限度ですから、いとも簡単に成功者になれて、心が明るくなります。その後も続けて努力しますから、自分が決めた限度を超えて幸福になれるのです。「私は思ったよりも幸せな人間だ。満たされているというより、あふれている人生だ」と言えるようになるのです。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第4章 幸福に生きるための秘訣《慈しみ》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【沙門果経 仏道を歩む人は瞬時に幸福になる (2009年) p229】

 
 
 

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