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262 老後にこそ、真理の研究を

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年9月10日
  • 読了時間: 2分

 社会人として精力的に働いていても、退職後生きる意義を失ったり、うつにかかったりする人々にとって、仏教や修行・精神世界は、もってこいの世界です。勇気を出して最初から勉強に挑戦できる世界です。俗世間のみで生きてきた人は、心の世界、修行の世界については、基本も知らないでしょう。ですから、また若返りできるのです。若者になったつもりでブッダが語った真理を研究したり、学んだりすれば、大変明るく生きていられると思います。「勉強になるものは仏教にはそれほどあるわけない」と思う人もいるかもしれませんが、一生かかってもしきれないほど内容があるのです。ご心配なく。だからこそ、かえってやる気が起きるのです。ブッダの世界は、俗世間の金儲けの世界と正反対です。生きることに限りのない欲を抱く世界ではなく、生きる意義はなんなのか、生きる目的はなんなのか、どのように生きることが成功なのか、生きるうえで何をめざして生きるべきなのか、などが研究課題なのです。今まで挑戦したことがありませんから、死ぬ瞬間まで挑戦するべき宿題がある状態です。それで、脳がすごく明 るくなるのです。先が短いので、早く実践して真理を確かめる気になるのです。そして死ぬときは、「では、さようなら」と言って、とても明るく死ねるのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第5章 老病死に向き合い、人生を豊かにする《老いの生き方》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【仏教と脳科学うつ病治療セロトニンから呼吸法・坐禅、想・まで 有田秀穂氏との共著 (2010年) p187】

 
 
 

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