top of page
検索

265 「いい人間」とはどんな人?

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年9月13日
  • 読了時間: 1分

 ある女の子が私に聞いてきたのですが、自分のおばあちゃんがいつでも「いい人間になれ、いい人間になれ」と言うのですが、「いい人間」って何なのでしょうか? と。その子は、おばあちゃんの話を聞こうとしているのですが、おばあちゃんはどんな人間がいい人間かは具体的には言えない。それで困っていました。そこで私は、「いい人間というのは、こんなものだよ」と、子供の生活の中からたとえを出して説明してあげました。「君たちは楽しく生きていたいでしょう? 怒鳴るよりは、穏やかなときが楽しいでしょう? 周りの人もそうなのですよ。だから君も楽しく成長しながら周りも楽しませてあげるように、周りの人が嫌になるようなことはやらないこと。それでみんなが喜んでくれるなら、それが『いい人間』ということじゃないか?」、こんな話だったと思います。実は、一生それで生きていけます。みんなが求めていることですから。話は子供たちに合わせて言いますが、一生役に立つポイントです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第5章 老病死に向き合い、人生を豊かにする《老いの生き方》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【いまここに生きる智慧―シスターが長老に聞きたかったこと 鈴木秀子 氏との共著(2007年) p51】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page